油売りの皮算用

ノンフィクションをどれだけ面白く書けるか

とある社長のお話

   齢は69となり、人生の貫禄とやらを全身から感じるこの社長。暇な建設業界の煽りを受けて、久しぶりに顔を合わせる事となる。恰幅は良く、薄くなった頭を、残った前髪でオールバックにする事によってカバーし、未だに全盛期を彷彿とさせるギラギラとした眼光は衰えを知らない。

  覚◯剤をやっていない事を祈ろう。

 

  先程から話している「最近の建設業界の動き」に、そろそろ根拠を裏付ける何かが欲しくなるのではないのだろうか。経済新聞のチェック済みの資料は、社長から向かって左側の書類に埋もれている。
「ーーという事なんだよ。え? なんでそんな事が分かるかって? 俺は普段からこういう事をやっているんだよ」
  書類に手をやるとガサゴソと雑にめくっていく。問題の何かを見つけると「これだこれだ」と呟きながら上に乗っていた書類の束を反対側の机の上へと移動させた。
  残った書類の束の向きを変え私の方へと差し出すと
「こうして関係のある記事をチェックをしてる」
  そう言って、さぁ褒めてくれと言わんばかりの顔を私に向けてくる。急な話し手から一転しての聞き手モード。
「では社長がチェックしている情報を社長の意見も加えてメールマガジンとして発行して下さい。会員1号になります!」
  と応えると
「うーん、そっかあ。しかしだな、近々の建設業界は……」
  と三度「建設業界の最近の動き」について突入した。私に差し出した記事の上に社長の右側にある書類の束を乗せて、社長の左側に移動させた。

  なんだ?  あそこで正解を言わないと振り出しに戻るという事なのか!?

  私の周回数が記録を出していた頃、ようやく休憩時間となり、事務員さんが社長室の扉を叩いた。
「よし、では続きはお茶を挟んでからにしよう!」
  続きを聞くにはなんとかして先程の正解を見つけなければいけない。

 

  休憩をする談話室では事務員さん達が、普段とは違う要因である私に代わる代わる話し掛ける。戦後間もない頃のアメリカ兵も日本人にチョコレートをあげてる時こんな気分だったのかなぁ、と現実逃避していると
「その歯はどうした? キョウセイしているのか?」
  社長が、見た事もない鋭い斬り口で私の「米兵プレイ」に一太刀入れてきた。
「えぇ、もう2年半になります」
どれ位やってるのかと聞かれるのを想定して一度に答える。すると社長は私の顔を見てニヤリとすると
「なぁ、キョウセイって漢字は何へんだったものかね?」
「えー、確か、うーん、何へんでしたかね?」
「木へんじゃないか?」
「それじゃ社長、になりますから違いますよー」
「そうか、それでは月へんか? 体に関係するところだし」
「うーん、合ってるような違うような……」
「でも俺は木へんだと思うぞ!」
「だからやだぁ、社長ったらー」
  と日曜日の夕方にタイムスリップしたかのような雰囲気を事務員さんと社長が繰り広げた。

  暫く微笑ましく静観していると、笑点の時間が終わったのか事務員さん達がいそいそと席を立ち出した。
「さて、ではもう少しあっちで話をしようか」
  そういったやり取りの後、再び社長室というすごろく会場へと「振り出しへ戻る」を踏まずにゴールを目指す為に足を踏み入れることになる。

 

「さっきの話、分かるかい?」
  なんだとー!?  しまった!  この返しは燕返しってやつだな。きっとそうだ。
「……えぇと、、」
  いきなり突入した違うステージにプチパニックを起こしていると
「さっきのキョウセイの話だよ。何へんだかという」
「あぁ、そうでしたか。木へんではなさそうですよ?」
  思わず冷たくあしらうと、休憩時間に見せた私への笑みを再現させてこう言った。
「いいか、木へんではない事は俺でも分かっている。しかしあーやってとぼけて事務員達とコミュニケーションを図るという事も大事な事だという事だ」
「そうですね、素敵な試みだと思います」
  そうかそうかと頷くと

「確かキョウセイは火へんなんだよな」

  と社長が仰ったので、私にはネタバレしてるのに同じ手法でくるとは愚かな。と思いこう返した。
「いえ、矯正は矢へんですよ」
  すると咳払いをし、左側の書類に目をやると思い出したかのようにハッとして話し出した。

  建設業界の最近の動きってやつを。

 

  そう、だったのだ。

 

  こうして1時間半後の事務員さんからの昼飯の呼び声を心待ちにして過ごす事になる私であった。